沙羅、クルーズに出る! 

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沖縄なのだっ!!

最初にお断り、デス。
たぶん当分クルーズには行かない予感がするので、ここを沖縄の旅、もしくはその辺にいったところの旅ブログに変更したいと思います。

またしても沖縄。

おばば二人旅。3泊4日。今回はレンタカーを借りる、である。

一日先に、1人お先に、レンタカーを借りて、瀬長島温泉ホテルに泊まり翌日友達を空港にピックアップ、そのまま高速に乗って美ら海水族館のある本部のホテルへ行き、本部のマハイナホテルに2泊し、帰る当日、ホテルから糸満まで一気に南下して、その辺を寄り道しながら、車を返して空港へ。

というプランであった。

沖縄でレンタカーってどうなの?と思っていろいろ調べると、どうも運転の仕方が香港人に近い、ということがわかった。
車線変更、左折右折はウインカーを出さない。ここのところだけかもしれなが、ぐふふ、と笑ってしまった。

まあ、香港人はせっかちだから、高速道路ではいつも常に飛ばしており、いつも事故っております。隙間なし運転でほとんど車間距離をあけない、しょっちゅう車線変更、隙間さえあれば車が入り込んで来る、のでその辺は違うかな、と思うのだが。

大丈夫でしょう。

そして決めた。車を借りよう!

ほんとうは、初めてのレンタカーでドライバーはワタシ1人なので、無理をせず、のんびり、南の糸満、ひめゆりの塔、首里城あたりの近場にすればよかったのだが、なんだかなあ、どうせなら、観光客必須の美しき海岸通58号線を通って、名護や本部あたりまで、2月で冬だけどそれなりに柔らかい日差しがここちよく、けれど海風がちょっと冷たいかな、を浴びながら、さっそうと沖縄本島を駆け抜けてみたい。これぞ、ドライブの醍醐味ぞ!と、おばば二人はうなずき、、、。

いざゆかん!

そして今回二人の行きたいところはがらにもなく、美ら海水族館であったから、そう、年甲斐もなく、お魚と遊びたい、いるかショーで癒されたい。
どんだけ疲れているのだ、おばばたち!


十分気をつけて、楽しんで沖縄を南北横断するぞ!


今回はネットのたびらいというサイトで予約したフジレンタカーにした。歴史あるレンタカー屋さんで信頼があるようだった。空港のレンタカー屋さんピックアップ場所で少し待たされたが、フジについてからは待ち時間ゼロ。
もう一組いたがほぼ同時にそれぞれのカウンターで受付され、あっというまに車に乗っていた。

今回のプランは4日間で免責、ワイドあんしん補償(NOC を含む?)、とガソリン満タン不要が含まれていて11000円であった。あちこち、なんだかんだ走って、ガソリンのメモリ4のうち2まで、つまり半分は使ったので、このプランはお得だったと思う。

じぶんでのレンタカーもナビも生まれて初めてだった。

なぬ、ナビの使い方がわからん?そこからかよっ!

おどおどしながら、必死で瀬長島ホテル、と打ち込むワタシを見てフジのおねえさんは明らかにうろたえていた。こんなおばばに貸して大丈夫だろうか?ちゃんと無傷で無事帰ってこれるだろうか?アーメン!

して、フジのおねえさんは確かに、通りに出たら、すぐ、右側の橋に乗ってくださいねー。

と言ったのに、わたしも、すぐ橋ね。と確認したのに、ああ無情!

そのまままっすぐ走ってしまった。ナビがなんか言ってる?おやおや、道を間違えたのでナビがどうしたらいいのか、黙ってしまったぞ。

しかし、やはりナビはすごかった。すぐに軌道修正してくれて、指示を出し、パニックになっているワタシに優しく、いや、事務的にあっさりですな、すっかり方向音痴になっているワタシをなんとか瀬長島ホテルに導いてくれたのであった。

赤嶺の交差点で実は逆走しそうになったのだが、運良くちょうど信号が赤になり、車の動きを見ることが出来て、落ち着いて左折したわけだが、赤嶺の広ーい交差点要注意である。

はじめてナビを使う人のうっかりは、300メートル、500メートル先左デス。を今すぐ左折だと思ってしまうところであった。使っているとわかってくるのだが、左折する時は、しつこく、左折です、そこを左折です、と何度も言ってくれる。

あんた、しつこい!と思わず言ってしまうほど。

二人旅になってからは友達がナビを見て指示してくれていたのでずいぶんと楽であったが、一回、左折と右折を勘違い、行きの沖縄自動車道に入る前の大切な線を間違えて、ほんとうは車線変更不可だったのだが、頼む!と言って、信号待ち中ウインカーを出してアピールしていれてもらったことがあった。やれやれ!

瀬長島温泉ホテルはなかなかよかった。
本当に温泉だった。沖縄通の友達が、え?おきなわに温泉?聞いたことがない、と言うのだが、ほーらね、本当に温泉だったよ!部屋も按司の部屋という部屋でアメニティーがおフランスのロクシタンであった。そして、ネスレの珈琲もちゃんとあった。エスプレッソの少量のほうにセットして2回ほど頂いた。

そしてこの部屋はエアポート側だったようで、何度も飛行機が離発着で行き交うのを見ることが出来た。さらに、沖縄なんで、戦闘機のように先の尖った飛行機があっという間に高度を上げて消えていくのも朝に何度か拝見できた。飛行機が好きな輩はテンション上がるだろうなあ。窓が二重で?防音はしているようだったが、うるさくない程度に音は聞こえる。音がすると窓から見上げる。の繰り返しで、けっこう忙しい部屋であった。

沖縄に着いたらまず行きたいところ。それはサンエーであった。国民的スーパーマーケットである。

ホテルにチェックインしてすぐにでもサンエーに行きたかったのだが、夕暮れ時だったので、そこは夕日が奇麗らしいから、まずは夕日を見てからと。しかし、あいにくその日は曇りであまり奇麗な夕日ではなかった。

さてそれでは、と思ったら、ちょうど、部屋の窓から、夕日を見た後瀬長島交差点まで車の列がずっと続いているのが見えたので、その渋滞がなくなるのを待つように、地中海風ウミカジテラスとやらをブラブラ。確かにお店やレストランが白一色で斜面に立っていて地中海風に間違いはないのだが、、夏の方がもっと活気があってそれらしいかもしれない。マグロの店が気になったのだが、とりあえずはサンエーかな。と糸満方面のサンエー探しに出たのであった。

どうせなら糸満道の駅に入っているらしい、お魚センターでお刺身でも食べたい、と思ったのだが、向い側のサンエーに車を止めて、信号が変わらない、横断歩道を自己判断で慎重に渡って、道の駅に着いたとたん、下校時間のような蛍の光?だったかな?が流れて、本日は閉店である、と告げるアナウンスが流れ無情にもアウト。

時計を見ると7:00pmであった。ホンコンじゃ考えられない。これからだよ、ホンコンは!

こんなに早く閉まるのかよっ!と突っ込むも中に入れず、外でかまぼこ売っているおばちゃんに、ひとパックぎっしりつまったかまぼこが、終わりだから300円でいいよー。と言われるも1人でかまぼこ?さつま揚げのようなもの、を大量に食べることは無理と、断念!

結局、サンエーで、マグロのお刺身、もずくの天ぷら、フーチャンプル、海ぶどう、アンド、オリオンビールをゲットして、レジ後にある電子レンジで、もずくの天ぷらとフーチャンプルをチンして、部屋で沖縄料理を堪能した後、遅い温泉に入ったのだった。

ああ、いい湯だな。ああ、また沖縄来ちゃったよ、ぐふふ。とひとりニンマリ笑うのであった。

ここの温泉は、奥の方に立って入れる露天風呂風の温泉があり、外を見ながらの立ち湯、なかなかよかったです。

瀬長島ホテル、もう一つよかったのは待ち合わせ、であった。最初、友達を空港にピックアップする時、駐車場にとめようかと思ったのだ。フジのおにいさんも停止しててもうまくミートできないと、シッシっと追いやられるのでグルグル回ってなければならいですよー。とおっしゃるので、ミッション1、うまくミート、に頭を悩ませた。
なぜかというと、わたしはスマホは持っているもののWIFI のみであったから、車内では連絡が取れないのである。

そこでとりあえず、友達に飛行機を降りたらすぐメールしてと頼んだ。わたしは瀬長島ホテルのロビーでまったりしていたわけである。そして連絡が来たので、では今から迎えにいくから外に出ていて、、車のナンバー車種は、、、と伝えたので、
すんなりミートすることが出来たのである。飛行機は遅れるかもしれない、ということを想定すると、
WIFI の届くところで待機が正解だったようだ。

高速道路はガラガラだった。このまま許田まで走ってしまうのはなんだかもったないとおもい、石川ICを通り越したときに次の屋嘉で降りてみようか、ということになった。降りると、前方かなたかがケラマブルーに染まっていた。

おー、海だよ!きれい!

おばばは、わーい、わーいとはしゃぎ目的地を万座毛に変えた。

58号線いいなあ。海沿いを走るとなんでこんなにテンションが上がるんだろ?

このレンタカー、ガソリン込みだから、バンバンエアコンとか使っていいんだよー。と言いながらも、エアコンを切って窓を開けて外の風をばしばし浴びるとそれもまた快適でここちよかった。

許田道の駅は一番大きいらしく、沖縄フードをつまみ食いするにはとても楽しいところであった。またお土産もよりどりみどりであった。とりあえず、遅いランチのソーキそばで空腹をみたし、もずくの天ぷらやサータアンダギーを食べ歩き、
沖縄弁のお兄さんのもずくやそばの試食を楽しみつつ、その日は無事ホテルにたどり着いたのであった。

近くの居酒屋でイケメン沖縄青年の三味線と島唄をきき、今帰仁のほうにも店があってそっちのほうに沖縄の時の人、桐谷健太が来ていて、ワタシのほうは誰もみてくれなかったとイケメンお兄さんは悔しがっていた。もし、リップサービスで桐谷健太が海の声を兄さんの三味線で歌ったらさいこーだっただろうなあ。さだまっさんだったら、神出鬼没的な、小さい場所で、そう言うの好きだからやっていたことだろう。健太さんは歌ったの?歌わないか。ま、ここの居酒屋にきたわけではないから、どーでもいいやね。カチャーシーをみんなでグルグルテーブルを回ってお開きとなった。

沖縄いいなあ。


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翌日は快晴であった。古宇利島の海の色と長ーい橋はガイドブックで見たあの風景であった。裏切らなかった。
今帰仁城跡はライトアップは終わってしまったものの、寒桜が満開で、梅のような赤い桜とうすピンクの桜が見事であった。桜があるとないでは全然違う印象だと、通りすがりの人が言っていた。いいときに来た。
帰りがけにサトウキビのジュースを飲んだ。サトウキビを絞り機に入れて自分で絞って飲んでもいいか、とおじいさんにきいたら、いいよ、というので自分で絞る。なんのことはなかったがおいしかった。これも飲んで、黒蜜ジュースにショウガを入れたやつも飲ませてくれて、まあ、美味しかったのと健康的なので買ってみた。黒蜜や、黒糖なんて普段は飲まないので家に帰ってから飲むかどうか疑問であったが。必要でなくても買ってしまうものがある。旅とはそう言うモノだ。

台風のときどうするの?ときくと、?トントラック?まあ、でかいトラッックを店先にどおーんとおいて風しのぎにするのだと。トラックはびくともしないさー。って。まあ、そんなのほほんとした、おじいのゆるいかんじに、慣れない道の運転であちこち緊張していた筋肉がハラハラとほぐされていく感じが幸せだなあ、と思うのであった。

友達が行ったことのあるというマニアックな観光地にいこう、ということになり、なんだかこのみちでいいの?という道をズンズン進みサトウキビ畑を抜けていくと駐車場があったのでそこにとめると、そこは200円であった。最初にみたところは100円だったのに、さらにもう一つの駐車場は300円。何がどう違うのか?ビーチにあるハートロックなる岩を見るだけなのだが、車を止めて、歩き出すと、どっかのおじさんがちゃんとお金払ったか?というので、友達がむっとして、払いましたよ!って。支払うところも無人状態でタダ箱があるだけで誰もみていない。遠くにそのおじさんがいるだけ。で、遠くからおじさんの声がするだけ。

これ海外だったら、たぶん、みんな払わないだろうなあ。日本人だけだと思う、律儀に、しかもキッチリ要求された金額を払うというのは。

帰りは一方通行だと知らないで向こうから2台来たので脇によけてみたが、すれ違いが無理な道幅なので、バックでしばらく戻ってさしあげていると、後ろから別の車が来て挟まれて困った状態になっていると、対面の車のドライバーのおじさんが降りてきて、

ここ一方通行で、出るのはあっちですよーって。誘導している。

なんだかよくわからぬ。書いてないし。で、指差されたところは100円の駐車場だった。そこを突き抜けてゆけと。
観光地なのに全てがアバウト。車誘導係もいない。看板もない。駐車場料金は隣同士でバラバラ。

それでも成り立っているのが沖縄なのだなあ。

そうそうさっき行った今帰仁城(なきじんじょう、とよむ)の入場料も入場料チケット買いましたがどこでもぎ取られるのかと思えば、そう言う入り口もなく、それらしきところの窓ガラスの向こうにおばさんがすわっていて、チケットはこっち、というだけ。窓ガラスの向こうから出てきて、チケットをもぎ取るとか、一切なし、デス。

すべてがこんな感じで、ずるい人はずるいことができるゆるさであった。こんなんで大丈夫か?海外に住んでいる日本人はちょっとどきどきハラハラしてしまうのであった。

友達の話だと、最近の中国人がホテルに泊まった後の備品持ち出し(盗み)は、ちょっと前まではパジャマ、ヘアードライヤーなどであったらしいが、それからさらにエスカレートして、枕や、布団、テレビに仰天、たまげていたら、ってか、よくスーツケースはいるよなあ。

最近はなんと、ウォシュレットの便座だそうで、もう開いた口が塞がらないんだとか。問いつめると、前の人が忘れていったんだと思った。ホテルの備品ではないと思った。と言ったそうである。

しかし、中国人たちが盗みたくなる気持ち、、、、ちょっとわかるような、、おいおい、アブナイ、アブナイ、。

たとえば、このマハイナホテルというところの備品は、ウォシュレットも5星クラスの最高の技術のウォシュレットであった。用を足して立ち上がれば自動で便器をも洗いながらきれいに流してくれる。ボタンのメニューをみれば、自動洗浄ノズルとか、水圧の固さ、便座の温度などを調節できる、まさにかゆいところに手が届くような、いろんなボタンがついていた。

こんな、かつてみたことないような、ハイテクを目の前にすれば、そして誰も周りにいなければ、、そりゃあ、ね、、
ちょっと、というか、あわよくば、という気持ちになるんじゃないかと。

また、盗む、という気持ちとは全く違うのだが、ホテルの備品が素晴らしすぎると感じたことがあった。

それは髪の毛を乾かそうと、その洗面所にあったナノイーの美しいフォルムのヘアードライやーを手にした時だった。

なんと美しいデザインなのだ!なんと手にしっくりなじむのだ!そしてなんと強力な風なのだ!

東南アジアの、高級ホテルなのに、安っぽい、ボタンをはなすと、止まり、常に親指に力を入れてないと止まってしまう。ただただ音だけがうるさくて、ほとんど風が弱い、ダラダラと長時間当ててもついに全部を乾かすことのできない、あのヘアードライヤーに比べて、

おおこれは!と思ったのだ。

自分達が普段使っているものと違う、別物のようなものが目の前にあったら、しかも、鎖に繋がれていることもなく、
、あれ、これもって帰っていいのかしら?、、。

日本のホテルは曖昧なかんじでいろんなものが置かれすぎているのではないだろうか。その辺のお茶パック一式や、バスルームのシャンプー一式。歯ブラシやスリッパまで持ってかえっていいという。至れり尽くせりの、サービスが過剰すぎて、はっきりしない感じが日本のホテルというわけである。

それぐらいわかるでしょう。と言われても彼らにはわからない。

優れたハイテクに囲まれ、それに気づかず、当たり前にハイテクと一緒に暮らして、ハイテクに麻痺している日本人にはどうでもいいものも、彼らに取って、おそらくホテルの備品全てが、ほとんどが魅力的に思っているということに今すぐ気づいて、鎖に繋ぐとか、ホテルの名前を入れるとか、対処しない限り、チェックアウトの、備品チェックのもめごとは永遠になくならないのではと思うのであった、、。


一番行きたかった美ら海水族館はあいにくの雨模様。
いるかのショーは雨風で屋根があるのに濡れてしまった。水族館もガイドブックと全く同じ感じでよかったのだが、今度来る時は1人でゆっくり一日かけて、ちまちま説明書を読みながら、マイナーの魚たちのいるところとかもみたりして、入り浸りたいかな。すぐいなくなる友達といっしょだと、水槽の魚たちをゆっくりみれないというか、また、いなくなったとさがすのに疲れ楽しめないということもあるので、わがままであるが、、。水族館は1人で行くのがよろしかと、、、。

今回おすすめの場所は、旅の最後に訪れた、最初に行って閉まってた、道の駅糸満デス。許田もよかったのだが、お魚、お刺身などは糸満デス。
3館ぐらいが固まっていて、野菜、お土産、お魚と別れていて、お魚のところでは店頭に、生ガキのからをお皿にしてそこにお刺身が盛られていて、だいたいが300円。沖縄の珍しいお刺身がこれでもかと並べられています。ゴハンも100円で買えるので、そこのテーブルで食べるもよし、ホテルに持ち帰ってゆっくりゆっくり味わいながらオリオンで流し込んでもよし。
サランラップか使い捨てお皿みたいなのを持っていけば自分でお刺身盛りに出来る?

友達はマドリッドのワインを飲みながらタパスやパエリヤなどつまみぐいできる市場みたい、と言っていましたが、そんなにおしゃれではないものの、新鮮であることは間違いないようです。

ビールやワイン開けてつまみ食いできそうですが、そこにいくには絶対車がないとだめみたいで、瀬長島ホテルからくるまで20分ぐらいかかりました。よって、そこでワイン開けたい人はタクシーということになるでしょう。

友達は生ガキと甘エビをビールで。

レンタカーの返しはこれまたチョー簡単であった。到着したらそのまま乗り捨てる感じで車を離れて終わり。
すべてこみこみのプランだったので傷とか調べることもなし。空港までの送迎車を待って、そのあいだそこでお店を広げて、
道の駅でしこたま買いこんだお土産をスーツケースに詰めるのに四苦八苦したことは言うまでもない。

フジさん可もなく不可もなく。別れて担当の方の顔すら思い出せない、空気のような存在の社員さんたちであった。いかにスムーズだったかということです。

沖縄、レンタカーはありである。ホンコンより全然、快適であった。ストレスフリーの運転がこんなに素晴らしいとは、であった。日本の皆さんは礼儀正しいし、地元のひとはレンタカーのドライバーたちに思いやりがある。ということが、よーくわかる旅でありました。

スピードをあまり出さず、車間距離を十分開けて、割り込みを極力控えれば問題なく十分楽しめます。

ま、香港人には一生無理だとおもいますが、、、、。


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三日坊主という汚名をきせられているわたしですが、キューバクルーズに関してはなんとか最後まで書き終えることが出来ました。最初から通しでお読みになりたい方はキューバ、、、カテゴリーから入られるとよろしいかと思われます。皆さんもご承知の通り多少盛っているところがありますが、実体験をもとに、記憶の糸をたぐりながら書き上げました。今後のみなさまのご旅行に少しでもお役に立てたら幸いです。



沙羅 
2016年6月7日
ホンコンにて

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VIVA CUBA! MSCクルーズ!  その13

旅の終わりはKLMで

アムスーホンコンのKLMオランダ航空これが意外とよかったのである。

全く期待していなかった乗り継ぎのアムステルダム空港もわかりやすく、乗り継ぎもスイスイと、パリがわかりにくすぎるのか?空港のお土産も思ったよりあっていろいろ買ってしまった(どんだけ期待していなかったのだ!)。オランダ名物の木靴型チューリップ模様のスリッパとか、チューリップ模様の、、、というのがワタシの食指を動かした。

そしてチーズ。パリで買わなくてよかったと思うほど、オランダにもチーズがあったのである。こっちのうりは片目、ハードタイプの漬物石のようなのが大小丸ごと売っている。もちろんこれから機内に持ち込むので、凶器にならない程度の大きさ、固さ?もしくは8分の一とかにカットされて、数種類パックされて、とかにはなっていたようだが、固いチーズは凶器になる?ならない?、、。

機種がボーイング787とスケジュールされていたようだが変わったのか?予約入れた座席番号とは違っており、後で調べるとどうやら747−400の新しいワールドビジネスだったようである、、。



ムムム、これはファーストクラスか?と思うような今までに見たことのない 座席の配置であった。

2階席の、、ではなく1階席の、、だったのだが、入ってすぐの窓際で、なんと1人席。向こうには窓際2席と真ん中1人席とワタシの窓際1人席という配置で、ほぼプライベートな感じであった。さっきのエアフラ、2席、3席、2席の普通にビジネス、と全然違う、同じ料金ならこっちの方が断然ラグジャリーという感じでホンコンに着いても、ここを離れたくなーい!!もっといさせてくれー!とだだをこねたくなるくらい快適な空間であった。

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快適〜!



覚えたことで、これからは機種にも目をつけて、ビジネスクラスならどれでもというのではなく、こういうラグジャリーな飛行機指定で旅するというのもありだなあ、と思うのだった。


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可愛いタイル風のセキュリティ画面


足を組んですっかりくつろいで、シャンペンなどをいただいていると、1人おじさんがやってきて、スッチーがチケットを拝見すると68Gとこの飛行機の最後尾席かと思われる番号だったらしく、あなたの座席は、、、と言うのを遮って、アップグレードしてもらったから、とおじさん、なんと1Jを指差したのだった。直前のアップグレード、ミッツクラス(ミッツはワンワールドのダイアモンドエリートです)の最強の客人だ、と思ってスッチーの態度ががらっと変わったのだが、それにしても、最後尾から最前列席に移動だなんて、ただ普通にエコノミーかラビジネスになっただけなのだが、68から1に移動って、せめて遠慮してビジネスの一番後ろの恥じっこのあまりものの席に申し訳なさそうに座る、、、とかにすべきなのに、、、、喜びを隠しきれなかったのだろう。ラッキーなおじさんであった。

すると、KLMのスッチー、野村サッチーを金髪にしたようなおばさまが、中央1人席の欧米男性のビジネス鞄を棚の上にポンと載せたのだ。そこには先着のワタシのお土産ばっくがあったはず。もしや?わたしの?空港でしこたま買ったお土産の荷物の上に載せたとか?嫌な予感がしてすぐさま見ると、案の定であった。

外国のスッチーは客の荷物の上に別の荷物を載せることに何の躊躇もしない。スッチーに文句言ったところで多分彼女の頭の中は?だらけになるだけだろう。日本のエアラインのスッチーマナーは日本の誇りだあね、そう思いながら、その男性の鞄を、ワタシのお土産バックのうえから丁重に速やかにどけさせていただいた。

無事離陸してグングン上昇してゆくのを感じながら窓下を見ると、そこは辺り一面ソーラーシステムのパネルが広がっていて、うっすら明かりもついていて、我が国は地球を愛する優しい国、という好印象を海外の客人たちにアピールしているようであった。運河の国オランダ、、、リバークルーズも盛んだというから、次回はアムスに降り立ってそこからリッチにリバークルーズなどどうかしら?

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さて、映画でもと、足をうーんとのばして、映画リストをチェックすると、「The walk」という、ニューヨークのツインタワーの間をゲリラ綱渡りをするクレージーな人の、ノンフィクション映画が気になった。

1974年にフランスの大道芸人、フィリッププティという人がニューヨークのワールドトレードセンター(あのウサマビンラディーンの、あの911で崩壊してしまった、ツインタワー?)間を綱渡りした実話らしかった。付け足すと彼のゲリラ業績は他に、フランスのノートルダム大聖堂の2つの小塔間、シドニーのハーバーブリッジ間横断など、数あまたあるらしい。よっぽど綱渡りが好きなんですねー。あの空中散歩のゾクゾク感がたまらない?

楽しみな夕食はこんな感じであった。

シャンペンNicolas Feuillatte, Brut Reserva France
の後、白ワインBodega Norton Sauvignon Blanc Mendoza, Argentina 2015

前菜
マグロのデュオ
ターターステーキとスモークのマグロにクリームアンチョビソース添え
ウズラの卵、緑豆、トマト、パルメサンチーズにヨーグルトハーブドレッシング添え
カシューナッツ入りのグリーンサラダ

メイン
タラの甘酢あんかけ、パプリカのチャーハンとともに
アムスで有名な中華レストラン、オリエンタルシティからのシグニチャーディッシュ

デザートはお好みで、、、

チーズの盛り合わせ
フルーツの盛り合わせ
ユズのムース
ハニーとクルミのフローズンヨーグルト

珈琲にしようと思ったけれど、このエアラインもフォーションの紅茶かな、ということでアップルシナモンティにした。

爆睡したり起きたりしながらそしてまたうとうとを繰り返し、あと1、2時間というとき、ゴーという飛行機音のなかからカチャカチャという音が聞こえて目が覚めた。朝食の、朝食に使われているオランダの特産藍色のデルフトブルーの陶磁器が乗客にサーブされるとき、かすかに聞こえる音であった。

運ばれてきた朝食のオムレツの入ったお皿とヨーグルトの器がそれであった。日本の小鉢としても十分使えるかも、、。


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クロワッサンは何十にも重なってふっくらしたレイヤーのバターのしっかりしたものであった。キューバーパリ間で出たなんちゃってクロワッサンとは大違いであった。こういう美しいクロワッサンを食べたらキューバ人はきっと腰を抜かすだろうなあ。彼らにもおいしいパンが普通に食べられる日が早く来ますように。

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明らかにクロワッサン命のレイヤーが残念なことに



最後にKLMからのお土産で、ジンの入ったオランダハウスのミニチュアを頂いた。


そして、到着。後ろ髪引かれながら、渋々、降りる準備。飛行機でもこんな快適な旅が出来るのだ、と90パー満足して特等席を後にしたのだった。



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Hasta Siemple
またいつか、、、。



!Que Tenga Buen Dia!
よい一日をお過ごしください!


おまけの
キューバクルーズ写真館

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本物みたいなゾウが


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凄いショーだった!


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これまた凄いショーだった!


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ちょうど飛行機が、、、 ジョージタウン


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タイミングを狙って船に飛び移る! ジョージタウン


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無理矢理な感じがキューバよりすごい? コスメル



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レストランのトイレもカリビアン コスメル



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メキシカン! コスメル



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セノーテでのダイビングはこんな感じ コスメル



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豪華なクルーザーだなあ。ジャグジー付き?



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こんなに並んで



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クラッシックカーで空港に行くことになるとは



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やはり人間だったか



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空港へ行く途中で見た見納めのチェの看板

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VIVA CUBA! MSCクルーズ!  その12

ついにクラシックカーに乗る!


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ミッツ撮影



マレコン通りに出るとタクシーを探すまでもなく、おじさんが飛んできて指差す向こうには超レアなシボレーがあった。それは年代物の博物館に展示していても全くおかしくない代物だった。1950年代のブルーのシボレーベルエアー。


フランス語で書くとChevroet、発音が難しいのでアメリカ人はchevyと呼んでいるというアメ車である。蝶ネクタイのようなエンブレムが特徴で、50−60年代の若者のデートと言えば、それでドライブインシアターに行くのが定番だったという、、アメリカン映画でしか見たことなかったその車が今自分の目の前にあった。

キューバに来た目的の一つ、クラシックカーに乗る、が最後にして叶った瞬間だった。

ネット調べでは、空港からタウンまで25CUC(折り返しのタクシーが運良くあれば15CUC)、タウン空港は25CUC。とりあえず交渉してみたが、、。わたしはすでに片足を踏み入れていたし、ミッツはすでに助手席に座っていたので非力な交渉となり全くだめであったが、25CUCという値段はたぶん正しかったし、ぼられていないというので気分はよかった。

すでにhop on offの観光バスが倍の値段になってしまったようなので、タクシーの値段も時間の問題ですぐに値上がることになるだろう。

25CUCで空港までの40分間のタイムスリップ旅行であった。ヒスパニック系の、60年代に流行ったような、ブルーの瞳のちょっとイケメン顔のおにいさんがドライバーだったので、そのようなドライバーとこのような車でもうお腹いっぱい、何も言うことがなかった。

ドアを閉めようとしたらお兄さんが飛んできて、たぶん、下手に閉められたら大変!と言う感じで、無事閉まったのだが、窓枠は外も中もさびていてドアを完全に閉めても上の方の隙間から青空が見えるのだった

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。助手席のミッツの窓は全開で、風や日差しの嫌いな彼女は閉めようと手をかけたようだったが、たぶんちょっとやそっとでは閉められない、という感じで、早くもギブアップ。、後部座席のわたしの窓は閉まっていたので、風が欲しくて開けようとしたのだが、くるくる回すノブがびくともせずで、これまたギブアップ。


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後で前席から、ガソリンの匂いを含んだ、これがキューバの風、というようないい風?が入り込むことになるので何もしなくて下手に触らず、正解でだった。メキシコのアカプルコでは高台にタクシーで行った時、止まったとたん、後部座席のドアが、ガタン、とずれたという経験があるので、、、。よそさまの車やタクシーをあちこち触ってはいけないのだった。

「いいねえ〜。60年代、古き良きアメリカンだよ〜」

最初は車が崩壊したらどうしよう、、とテンションは高いのだが、実際どうなのか?無事着くのか?と疑っていたのだが、何となく大丈夫みたいだとわかった時にミッツが言ったのだ。

少し余裕が出て車内をあちこち見ると、前席はベンチシートで3人乗りのようで、後部座席も3人乗れるのか?しかしちょっと天井が思ったより低く、足下も狭い感じで、実は中はそんなに広くない。サスペンションは固め、PVCのビニールシートがちょっと破けていて、背もたれが高いのか、座ったときちょっと埋もれる感あり。

前席のパネルは、おお、なんと扇形のタコメーターのなんとノスタルジックなこと。しかし、ん?さっきから全く動いていないみたいだが、、、。いいのかな?何キロで走っているのか全くわからず、たぶん安全な50−60km?感であるが、ここではそんなことは気にしないのかな、。ハンドルは、あれ?、クラクッションが、、ないの?ハンドルの真ん中のふくらみが、、なくて、真っ平ら。ここではそれもいらないの。クラクションなければ口で叫ぶ?、、、。さっき、犬が道に寝そべっていたけど、しばらくして犬が自ら、自主的にどいてくれたけど、、、ならさなかったわね。それで心優しいドライバーかと思ったのだけれど、、、。

帰国して後で写真を見て気がついたのだが、そうだった、この車にはラジオがあったのだ。この顔のドライバーがいて、この車に乗っていたのに、ジージー、ガーガーという雑音の向こうから流れて来るラジオ(スペイン語のおしゃべりなのか、キューバ音楽なのか)を聞かなかったことに、あー、なぜ、ラジオをつけて、と一言言わなかったんだろう。とじたんだ踏んで悔しがったのだった。

無事空港に着いてエールフランスカウンターを探すも、その辺の長蛇の列がどうやらそれらしかった。そこに並んでいるおフランスのおじさんがそう言ったのでそうなのだろう。仕方なく最後尾に並んだ。なかなか進まなかった。少し早めにきたのでさほど焦り感はないのだが、それにしてもほとんど進まず。10分で3メールほどであった。30分はじっと耐えて並んでいただろうか、かしこいミッツが遥か向こうの先に見えるビジネスクラスのカウンターを見つけて言った。

「ねえ、ここもしかしてエコノミークラスの列じゃない?!」

そうだった。列を離れ、空っぽのビジネスクラスのカウンターに行くとあっというまにことが済んだのだった。
行きは体力と気力があるから耐えられるが、帰りはドット疲れてエコノミーもきついだろうと、ビジネスクラスにしたのだ。今は、ネットで自由に買える。往復ビジネスを買わなくて、帰りの便だけビジネスにすることも出来るのだ。そうすると、そんなに割高感がないし、まして冬のヨーローッパのビジネスとなるとぐっと割安になる。

さて、次はエールフランスのラウンジである。ハバナのラウンジはいかに。

なんだか、暗く、地味であった。華やかさがない。いかにも社会主義国らしい感じである。たとえば、飲み物が入っている冷蔵庫。スカスカの隙間だらけで、選ぶものがない。本当はキューバのビールでもと思ったのだが、これからエールフランスに乗って美味しいワインが飲めると思ったので、ここではあえてアルコールを選ばず、ミネラルウォーターでがまん。食べ物も、チーズ、ハムらしきものがあるようだが、これまたおフランスもののほうが質がいいように思えてあえて食べず。というようにこれと言って、、、と思っていたら、、、。


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特筆すべきものがあった。

キューバと言えば、、である。そこだけが立派にスポットを浴びて輝いているようであった。少し誇らしげであった。それはラム酒カウンター。赤いバーチェアーの明らかに別格な感じでそれはあった。キューバ名物の葉巻も置いてあったりして。でもお土産にかすめ取る人もいるからそれはなしでしょうか?

特筆すべきことがもう一つ。25CUCの出国税がなくなったようである。払うのを忘れたとこに気づきラウンジのお姉さんにどこで払うのか?と聞くと、いらなくなりましたのよ、ふふ。と。少し笑われた。

いろんなところが変わりゆくキューバ。これから行かれる方は情報をこまめにネットでゲットされることをおすすめします。

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原色の人たち

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VIVA CUBA! MSCクルーズ!  その11

キューバ、アディオス!


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最後の朝食もおしゃれに、、、クロワッサンにリコッタチーズを添えて




朝起きたらキューバだった!といいたいところだが、このクルーズは午後15:00到着というめづらしいクルーズであったから、朝起きてぼーっとしてもまだ入港しておらず、下船までだいぶ時間があるという、朝が苦手の人にとても優しいクルーズなのでのあった。
たいていは早朝に着いて、あわただしく朝食をわっせわっせとかき込み、さあ、みんなとっと出て行ってね、と追い出されるのだが、このクルーズは朝食もゆったりと、なんとランチまでごちになっていいというのであった。

到着予定がまた変わった。昨日コスメルの出発が予定より3時間も遅れたというのに、最初の到着変更アナウンスは13:30に早まり、朝起きてぼーっとしていると11:00にはもう着くのだ!と言うアナウンスが入り,,、ナンダ、ナンダと結局、ランチすぎまでしっかり居座っていたものの、やはりなんだが落ち着かない下船となってしまった。

なぜ早まったのかの理由は何も言わず。18:00の出航が3時間も遅れたのに4時間も早く到着って、船の速度は自由自在?
「だったら、帰りのフライト一本早くすることもできたんだなー。」と何気なくつぶやいたら、ミッツがこれまた激怒。
「じゃ、そうすれば。そうだよ、そうしなよ!」

「これまた」と書いたのは、本日2度目の激怒だったからである。ワタシがいい加減なことばかり言って、いい加減な反応ばかりしているから、ワタシが、このわたくしが(ええ、どうせこのわたくしでしょうとも!)いけないとはわかっているのだが、果たして「怒る」ことなのか?

最終日、まず最初の怒りとは、、、。

朝起きたら、目の前にセレステアルクリスタルという、これまたハバナ発着の、こちらはジャマイカを除く寄港地が全部キューバというキューバざんまい7泊8日、MSCと同じ泊数のクルーズ船が泊まっていたので、

「あー、これかあ。25万トンでパセンジャー数1000人ぐらいのギリキャの船っていうのは。小さい、、かなあ。」とミッツと穏やかに談話していたのだったが、、、。

わたしが「ところであのフラッグはどこのだろう?確かギリシャだからギリシャ国旗のはずなのに、、、。」といったので、ミッツがバスルームに行きかけたのをわざわざ戻ってきてくれて「どれどれ、、、」

「あのさ、あれキューバの国旗だよ」完全にあきれていた。
「いままでさんざん、ハバナでみかけたじゃん。なんだ、あなた今までキューバの国旗知らなかったの?」
「、、、、」
「ありえないよ」
「、、、、」
「オーこわこわ(こわいこわい)!」両腕をさすっていた。
「、、、、」
激怒というよりあきれ、、、であるね。

もちろんわたしもキューバの国旗は目にして認識していたのだが、ハバナで買ったキャンバス絵にもしっかりキューバの国旗が描かれていて、それをしっかり見ているのだし。

しかし、なんというか、これは「知らなかった」というのでなく、これは「ああ、勘違い」なのであるよ。このときワタシの思考回路はどこへ行ってしまったのか?(おおい、わたしの思考回路もどってこーい!!)アルゼンチンの国旗のような水色、それに白のストライプ、、が頭に浮かんでいて、それにキューバの国旗のデザインが重なって、あれ、あれ?状態で、つい、あのブルーと赤の?国旗ってどこよ?と口をついてでてしまったのであった。セレステアルクリスタルのマークの風車の色が水色なので脳がだまされて?キューバの国旗も水色、、、と白のストライプ、赤なしだと思いこんでしまった。。。

すっかり涙目になりながら返すお言葉が全くありませんでした。

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確かにぃ、キューバの国旗だあね


プールデッキは人であふれ返っていた。8日間の船旅を終え今日家族の元へ帰る人、昨日乗ってきたばかりでこれからさらに船旅が続く人、、。




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もうすぐ着く



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もうすぐ





要塞や灯台を見ながらのハバナの入港は、ガイドブックに載っているだけあって実に見応えがあった。だから、ミッツが最後のランチはダイニングで取る(彼女はビュッフェのときのプラスチックのお皿がだめなようであった)といって下に降りていってしまったときも、わたしは、最後の見納めになるかもしれない、このブエナビスタ、絶景を出来るだけ長く脳裏に焼き付けておきたかったし、船上からのハバナの風をギリギリまで感じていたかったので、最後のランチはいろいろつまめるビュッフェを選び、プールサイドのデッキチェアーに寝転んで、赤ワインをゆっくりくゆらせながら、、、のランチにしたのだった。

食後もそのままデッキチェアーに寝転び、遥か下の方に見える「通りを走るクラシックカーと人」というハバナの日常的風景を、時間がくるまで、いつまでもぼーっと見下ろしていた。


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船上よりマレコン通りを階下に望む


そしてイタリアンジェラードのアイスクリームパーラーで、最後となった「タダの」(実際タダではないのだが、「タダみたいなもの?」とアルコール、珈琲、アイスクリームとほんとうにお世話になりました!)とイタリア船ということでピスターチオとティラミスの2スクープをゆっくりいただいて、やっと、ついにこの船を後にしたのだった。


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ついに下船



14:30だった。まだ早かった。

わたしたちの飛行機の出発は夜の20:45分であったので、いったいどうしたものかいろいろ考えたが、まずここ、ハバナの港付近には、スーツケースを預けるコインロッカー、もしくは荷物預かり所なるものが見つからなかった。探そうと思えばあったかもしれない。しかし、石畳で長いことスーツケースを引きずるのは無理というもの。

港内にエスカレーターを降りる手前に両替所があったので「あ、ちょっと待って。誰もいなくてすいているからちょっと両替しちゃうから」とミッツに言うと「(コノヤロ!スーツケースをどうするか、って言ってるのに、今、両替している場合ではないだろ)という感じで「今じゃないんじゃない」と言うので「すいてるから、街中は並ぶから、、、」と言いながら両替所に歩いていって後ろを振り返ると、、、彼女はもうそこにいなかった。

ま、いっか。。。。

私たちを見ていたセキュリティーのおじさんがわざわざエスカレーターのボタンを押してくれて、スペイン語でたぶん「あなたのアミーゴは下に降りていったから」と言って、親切丁寧に手のひらを上にして招き入れてくれたので、「グラッシャス!」と言ってエレベーターに乗ってしまったけど、ほんとうはその時もう、彼女を「探さなくていいかな」と思ってしまっていた。帰りの便、ハバナーパリまでは同じ飛行機だったけれど、それ以降は全く違うルートで違う国に帰るのだから、ここで彼女と「お疲れー」と別れてもぜんぜん問題なかったし、最後のハバナタイムは自分達で好きなように過ごすのもまたいいかな、と思ってエレベーターが開いても、全くミッツを捜す気はなかったのだが、足は間違いなく彼女を探しており、少しして荷物お渡し所のあたりで彼女をみつけたときは、思わず、ホッとしてかけよってしまったのだった。

なんだがなあ。腐れ縁?

ミッツは「とりあえず、街中を歩こう」そう言って、信号のない横断歩道を渡って、港を離れて教会脇の石畳を二人歩いていると、またミッツが言った。

「あ、銀行だ。ちょっと行って来る」

並んでいた。しかし、わたしは何も言わなかった。

そして、ミッツが両替を澄ませて戻ってくると、こう言った。
「ねえ、考えたんだけど、その辺のコーヒーショップに陣取って、珈琲でも飲みながら時間を潰して、交代で町歩きしない?」

素晴らしいアイデアであった。そこに荷物を置いて一人づつ街を散策&買い物するのである。荷物預かり所をもう探さなくて澄むし、荷物も引きずらなくてすむし、トイレも確保できるし、キューバのちょっと濃いめの美味しい珈琲一杯で全てが解決できるのである。よく考えついたものだとこの時ばかりはミッツを心から誉め称えたのであった。

小さな路地裏のオープンエアーの、古い感じがいい味出している(キューバの、、はだいたいいい味出していた)コーヒーショップだった。時々キューバの男女のシンガーが生ギター1本でデュエットで歌っていた。この店に、ミッツの提案通り、入れ替わり立ち代わり、2時間ほど滞在させていただいたわけだが、わたしは珈琲2杯だったのだが、ミッツはたいそう居心地がいいと見えて、とりあえずはのコヒーの後、居座る時間が長くなり、さっきも船内でさんざん飲んだであろう、そしてこれからも機内で飲むであろうアルコールを、この時はビールを2杯ほど注文したのだった。

ウエイターに「トイレはどこか?」と尋ねると、店の中の上のほうを指差した。みると、ひと一人しか通れない小さな螺旋階段で上りきったところにトイレの入り口があった。トイレも男女共用でひとつしかない。そこに太ったおばさんがすわっていた。ここにおばちゃんがいるということは「使用前に金払え」ということなのだ。ポケットになぜか用意していた1クック(120円ぐらい?)を渡すと満面の笑みを返された。「少し多かったかな?」結局、2回使わせてもらったが、チーノがまたきた、と、ワタシの顔を覚えていてくれたようで、2回目は何も言わなかったので2回分ということになり、まあ、こんなものかと、キューバ人は街中で「金くれと」せがむものの、もらえなければあっさりしたものでまったくしつこくない、と誰かが言っていたとおり、このトイレおばちゃんもあっさりしたものだった。

ここにも夕方のラッシュアワーというのもがあるとするならば、それを避けるためにもうそろそろ空港にむかったほうがいいのではないか、ということになり、コーヒーショップでお勘定をしていると、男女のシンガーが「Che Comandante 」を歌いだした。

♬seguiremos adelante
私たちは前を向いて歩み続ける

Como junto a ti seguimos
ずっとあなたと歩み続けてきたように これからもずっとあなたといっしょに hasta siempre チェゲバラ司令官 

キューバとのお別れにふさわしい、切なく悲しい、美しいメロディであった。
記念にと、すこしビデオに撮らせてもらったら、曲が終わってすぐにコインの入ったザル?が回ってきた。ミッツが「あたし小銭持ってるから」と気前よくいくらか差し出すと、二人とも満面の笑顔になった。「muy bien!ファンタスティコ!凄く良かったよー」と言うと、「ありがとー」と言って、やはり、白い歯で、満面の笑顔で手を振ってくれた。

これから通りでタクシーを拾って空港に向かう。

時計をちらっと見た。

ハバナに着いた翌日買った時計だ。時計を忘れたのでオビスポ通りの時計屋さんで黄緑色のシリコンバンドの10クックの安い時計を買ったのだ。(帰国してからQ&Qというモデルを何気にパソコンで検索すると、なんとシチズンであることがわかった。
10気圧防水と書いてあった)

その時計を見ると16:50だった。


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たんと目に焼き付けたから

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